全て私が選んでいる

全て私が選んでいる

病気も自分でつくっている としたら

私は最近、不安から起きる行動や思考は
更なる不安しか生まない気がしてきたのだ

この文章を書くにあたり
色んなところに配慮したり
傷ついたり 悲しんだり 不快になる方がいたらどうしようって考えて、
行き止まってしまうことも何回かあったんだけど
今はなにも考えずに感じるままに書いてみたい

私たちの感情の中に常に付きまとう 不安 心配 という感情
この 不安や心配 が物事を常にややこしくしている気がしてしょうがない

例えば
無痛分娩 について
(今勤めているクリニックで進めているのでしょっちゅう付き合ってる)
この 無痛分娩 を選ぶマインドが 不安・心配 に支配されていると
ほとんど必ずと言っていいほどお産が大変になっている

だけど、なんか楽そうだから無痛にしよっかなぁ みたいなマインドで選んでいると
ほとんど痛くなくうまくいった~ ってなってる

でね、ほとんど痛くなくうまくいった~ って人は
こちらから見ていると 無痛じゃなくてもよかったじゃん ってお産だし

不安・心配にがちがちになっている人は
無痛を選んだはずなのにお産がこじれてしまっていることがほとんどなのだ

これはほんとにおもしろい

起きることは全て自分で選んでいるんだなぁ って気がしている

まったく気の進まないクリニックでの仕事だったけど
このことを目の当たりにできたことにびっくりしている。

そして、始末の悪いことに、無痛分娩を選んでいる人は
不安・心配から行動していることが多いということ
だから無痛を選んでもこじらせてしまうことが多いのだ‥‥

もうね、そろそろそういうマインドとはさよならしちゃったら って思うのだ。

例えば、インフルエンザになりたくない・なったら困る というマインドで予防接種を受けると 
なんとインフルエンザにかかってしまう という事実
で、予防接種してたから症状が軽かった とか言ってて ???って思ってしまう

私たちは無意識にでも選んでいるような気がするのだ。
そしてその思考の根源に 不安・心配 があると
不安や心配に支配された結果しかおきないような気がする。

今自分に起こっていることは全て自分が選んでしまっているのかもしれない

そう感じてみるだけでも現実はかわるような気がするのだ

なにを選ぶかは自由
すべて自分が体験したくて選んでいるのだとしたら
私はなにを選ぶんだろう

ここ最近の私はそう感じている

例えば
スリッパひとつ選ぶにも とりあえず という選択をやめてみた
時間に余裕があるときは
お昼になにを食べたいのかをじっくり感じてみることをはじめてみた

スリッパはね、お金のブロックがあるのかもしれない
という疑いももって
高くても気に入ったら買う という視点でもみてみた
でも、高くても気に入るもに出会わなかった
高かったら、お金をだしたら
気に入るものに出会うというものでもないんだなぁって気づけたし
今の私の行動範囲ではこの物にしか出会えないのかもという気づきもあったりした

バカみたいだけどそういう体験をしたかったんだと思う
ひとつひとつ体感」していく必要があったんだと思う

こういう簡単にできることからも
選ぶ ということを意識していけば
ほんとうに選ぶことができるんじゃないか と思っている

もし、不安になったら
なんで不安に思うのかを自分に向き合って掘り下げればいいのだと思う

そうすると思ってもみない方向の解決策がみつかったりする

ちょっとチャレンジしてみる

もし がんになりたくない と不安に思ったとする
なんでがんになりたくないのか?
死ぬのが怖いのか がんと闘うのが怖いのか
ここで自分の選ぶ道は変わってくると思う

死ぬのが怖い と思ったとする
そしたらどうして死ぬのが怖いのか ということを掘り下げてみる

例えば
私は子どもを残して死ぬのが怖いと思っていた
じゃぁなんで子どもを残して死ぬことが怖いのかを感じてみた

子どもがかわいそうだと思っている自分がいた
じゃぁなんで子どもがかわいそうだと思っているのか感じてみた

誰が子どもを守ってくれるのかが不安だと思った
誰が育てるのか?心配だと思っていた
お母さんがはやくにいなくなってしまった子はかわいそうだと思っていた

(前の私はもうこの辺で怖さや心配のあまり泣いていた)

でもね、ほんとにそうなのかなって疑ってみた
刷り込まれていないかな 呪いにかかっていないかな

赤ちゃんたちから見せつけられたメッセージ
私たちは幸せになるために生まれてくる

このことを知っていたら
子どもに対する信頼が生まれる
この子は 幸せになるために生まれてきている だから大丈夫
そう心から信頼できたら怖くなくなった 不安じゃなくなった

なにが起きても幸せになるんだ って思えたら 
気づいたら不安はなくなっている 

私の場合は がんと闘うのが怖い という不安もあった
なので がん と闘わないと決めた
がんと闘うのが嫌なので検診に行くことをやめた
万能酵母液をおいしく飲んでいる
闘わない 闘わなくてもいいんだ ってことを決めたら不安がなくなった

私が死んだらこの子たちは って泣いていた私からしたらびっくりの変化だ
でも人は変われるんだと体験したし
いつでも気づけるんだとも体感した

私の場合 すべてはお誕生してくれた赤ちゃんたちが導いてくれたと思う
そしてそれは宇宙からのメッセージだったと思う
(最近そういうことを発信したいという思いが強くなっている)

不安や心配に支配されなくなったら、がんという現実は起きないのかもしれない
(起きたときに感じたらいい)

幸せなお誕生は世界を変える という言葉の持つほんとうのエネルギーは

私たちは幸せになるために生まれてくる
そのことを信頼していたら世界は変わるんだよ 

ということなのじゃないかなぁって最近思っている 

私たちは選べる
自分を、そして周りの人たちを 幸せになるために生まれてきている と信頼すること を
不安や心配に無意識に支配されること も
私たちは選べる

自分にとって都合のいい世界 楽しい世界 おもしろい世界 わくわくする世界
私たちは選べる

そのことを見せつけたいから
私は 赤ちゃんが選んだお誕生を自由に選べる場所を創りたい
そして発信していきたい

なんだかこないだの満月から 冬至から
そんなエネルギーがむくむくとわいてきてそわそわしています。